頭ではわかっているのに、感情が消えない人へ|私がレイキで体験した「手放す」ということ
「考えすぎをやめたい」
「この不安を、どうにかしたい」
「もう気にしないと決めたのに、また同じことを考えている」
そんな経験はありませんか?
実は、私も長い間、そうでした。
自分の心を理解したくて、仏教を学び、瞑想も実践してきました。
感情は自然に生まれるもの。すべては移り変わるもの。執着を手放すことが、苦しみから自由になる道。
理屈では、とてもよく理解できました。
それなのに、気づけばまた同じことを考えている。
不安に飲み込まれてしまうと、感情を観察することさえ難しい。
「頭ではわかっているのに、どうして変われないんだろう?」
そんな私が、日本伝統式レイキと出会い、ある体験をしました。
今日は、感情が生まれる仕組みと、仏教や心理学の視点、そして私自身がレイキを通して知った「手放す」ということについて、お話ししたいと思います。
1. そもそも、感情は悪いものではない
怒り、不安、悲しみ、嫉妬、恐怖。
私たちは、こうした感情をつい「なくしたいもの」と考えます。
でも、感情は本来、敵ではありません。
例えば、誰かに理不尽なことを言われたとき。
瞬間的に腹が立つのは、ごく自然な反応です。
不安も同じです。
まだ起きていない未来を心配するのは、自分を危険から守ろうとする働きと関係しています。
感情は、身体の状態、過去の経験、そのときの状況、物事の受け取り方など、さまざまな条件が重なって生まれます。
仏教の「縁起」という考え方にも通じるところがあります。
感情は、私たちが意志の力だけで自由に出したり消したりできるものではないのです。
そして、感情には変化する性質があります。
怒りが強くなることもあれば、弱くなることもある。
不安が長く続くこともあれば、いつの間にか落ち着いていることもある。
感情が湧くこと自体は、決して悪いことではありません。
では、なぜ私たちは、その感情にこれほど苦しめられるのでしょうか。
2. 苦しみを大きくしているのは、感情への「抵抗」かもしれない
例えば、誰かに批判されて腹が立ったとします。
最初に湧いたのは、怒り。
ところが、次の瞬間にはこんな考えが始まります。
「なんであんなことを言われなきゃいけないの?」
「絶対に許せない!」
あるいは反対に、
「こんなことで怒る私は未熟だ」
「もっと穏やかな人間にならなければ」
怒りに対して、さらに怒ったり、自分を責めたりする。
そうすると、最初の出来事以上に、頭の中で苦しみが膨らんでいきます。
仏教が説く「第二の矢」
初期仏教の経典『サッラッタ経』(相応部36.6)には、「二本の矢」のたとえがあります。
身体的な苦痛を受けたとき、その苦痛に抵抗し、さらに精神的な苦しみを重ねてしまう。
まるで一本目の矢に続いて、二本目の矢まで受けてしまうようなものです。
これはもともと身体的苦痛を例にした教えですが、日常の感情にも応用して考えられます。
「不安になった」という最初の反応に対して、「不安になってはいけない」「早く消さなければ」と抵抗する。
その抵抗が、さらに自分を苦しめてしまうことがあるのです。
つまり、
感情そのものの苦しさと、感情に抵抗することで生まれる苦しさは、分けて考えることができる。
ここに気づくことが、感情との付き合い方を変える第一歩になります。

3. ホーキンズが説く「感情エネルギーの手放し」
精神科医であり、意識の探究者でもあったデヴィッド・R・ホーキンズは、著書『「手放し」のすすめ』で、感情に抵抗せず、そこにあることを許すという実践を紹介しています。
ホーキンズは、抑圧された感情を、内側に蓄積された圧力のように捉えました。
そして、その圧力が思考や行動に影響を与えると考えたのです。
私には、この説明がとてもしっくりきました。
例えば、ずっと我慢していた人が、ほんの些細な一言で突然怒り出してしまう。
自分では気にしていないつもりだった出来事を、何年経っても繰り返し思い出してしまう。
そうした経験はないでしょうか。
心理学の研究でも、感情を表に出さないよう抑える行為が、必ずしも主観的な感情を弱めるわけではなく、状況によっては身体のストレス反応を高めることが示されています。
ただし、ここは区別が必要です。
ホーキンズのいう「感情エネルギーの蓄積」は、感情が物理的なエネルギーとして身体のどこかに保存されることを科学的に証明した説明ではありません。
私はこれを、抑え込んだ感情が、心身の反応や繰り返される思考として現れることを理解するための、一つの見方として捉えています。
大切なのは、感情を無理に押し込める以外の選択肢があるということ。
怒りがあってもいい。
不安があってもいい。
悲しくても、嫉妬してもいい。
その感情が今ここにあることを、まず認めてみる。
それが、手放しの入口になるのだと思います。

4. でも、「頭でわかる」だけでは届かなかった
ここが、かつての私がつまずいたところです。
仏教を学ぶほど、感情に抵抗することが苦しみを増やすと理解できました。
瞑想でも、自分の内側で起こることを観察する大切さを学びました。
それでも、強い感情に飲み込まれているときには、観察することさえ難しかったのです。
「ただ観ればいい」
「抵抗しなければいい」
そう理解しているのに、できない。
すると今度は、できない自分に腹が立つ。
手放そうとして、手放せないことに苦しむ。
今思えば、私は「感情を手放すこと」そのものを、新しい目標にしていたのかもしれません。
感情をなくしたいという思いが、また別の抵抗になっていたのです。
もちろん、仏教や瞑想が役に立たなかったわけではありません。
学んできたことは、今でも私の大切な土台です。
ただ、当時の私には、知識を理解することに加えて、もう一つ必要なものがありました。
それは、
安心して、自分の内側にあるものを感じられる時間。
そして、そのことに気づくきっかけをくれたのが、レイキでした。

5. 中級習得3日目。突然、涙があふれた
今でも忘れられない体験があります。
日本伝統式レイキの中級を習得して、3日目のことでした。
いつものように、セルフヒーリングをしていました。
自分のお腹に、そっと手を置いていたときです。
突然、涙がぶわっとあふれてきました。
悲しい出来事を思い出したわけではありません。
誰かを思って泣いたわけでもありません。
何か特別なことを考えていたわけでもない。
それなのに、涙が止まらなくなり、私は声を上げて泣いていました。
不思議な体験でした。
悲しいという自覚を伴わない、理由のわからない涙。
頭の中に物語があるわけではなく、ただ涙が次々と流れてくるのです。
そして、ひとしきり泣いたあと。
私の内側に、なんとも言えない深い安らぎと、至福感が広がりました。
あのとき、私は思いました。
「レイキは、本物だ」
もちろん、涙が出た理由を科学的に特定できたわけではありません。
それが長く抑圧していた感情だったのか、身体がゆるんだことによる反応だったのか、正確なことはわかりません。
けれど、私自身には、ずっと内側に抱えていた何かが、自然にほどけていったように感じられたのです。
私はそれを、レイキを通して体験した「感情エネルギーの手放し」と捉えています。
それまで、何とかしよう、変わろう、理解しようと、いつも頭を働かせていた私。
でも、その瞬間は何も考えていませんでした。
ただ、自分に手を当てていただけ。
何かを変えようとしなくても、こんなにも深く安心できるんだ。
その体験は、私にとって大きな転機になりました。
6. 私がレイキで受け取った、一番大きなもの
あの体験を通して私が得たものは、単なるリラクゼーション以上のものでした。
それは、自分自身への信頼でした。
それまでの私は、不安になるたびに考えていました。
「どうしたら、この不安を消せるだろう」
「どうすれば、もっと強くなれるだろう」
自分の心を、いつも何とかしなければならないものとして扱っていたのです。
けれど、レイキを始めてから少しずつ、感覚が変わっていきました。
不安になっても、手を当ててみる。
考えが止まらないときも、まず静かに自分と向き合ってみる。
無理に答えを出さず、今の自分をそのまま感じてみる。
その時間を重ねるうちに、以前ほど思考に振り回されずに過ごせる場面が増えていきました。
そして、私の中に、ある感覚が育っていったのです。
「レイキがあるから、もう大丈夫」
これは、レイキをすれば何も問題が起きなくなる、という意味ではありません。
悲しいことも起きます。
腹が立つこともあります。
不安になる日だって、もちろんあります。
でも、自分の内側に戻れる方法を知っている。
自分を大切にする時間を、いつでも持つことができる。
それだけで、世界の見え方が少し変わりました。
私にとってレイキは、感情を消すための技術というより、どんな自分であっても、安心して向き合うための実践になったのです。
7. レイキでは、感情にどう向き合うのか
レイキは、日本で生まれた手当ての実践です。
一般的には、身体に軽く手を当てたり、少し離して手をかざしたりしながら行います。
レイキには、生命を支える根源的なエネルギーとつながるという伝統的な世界観があります。
私自身も、この考え方を大切にしながら実践しています。
一方、そのエネルギーの存在や作用の仕組みが、現在の科学によって確立されているわけではありません。
ここでは、日本伝統式レイキの実践者として、私が大切にしていることをお伝えします。
① 何とかしようとしない
不安があるとき、私たちはすぐに答えを探そうとします。
でもセルフヒーリングでは、必ずしも答えを出す必要はありません。
手を当てて、今の自分を感じてみる。
安心できる時間を持つ。
まずは、それだけでもいいのです。
② 身体の感覚に意識を向ける
頭の中で考え続けているとき、私たちは身体の感覚にあまり注意を向けていないことがあります。
手の温かさ。
呼吸の動き。
お腹や胸の感覚。
そうしたものに、静かに意識を向けてみます。
何か特別な感覚が生まれなくても構いません。
③ 感情を無理に消そうとしない
悲しみが出てきたなら、悲しみがあってもいい。
何も感じないなら、それでもいい。
泣くことも、泣かないことも、どちらが正しいということではありません。
深く感じようと無理をする必要もありません。
今の自分にとって無理のない範囲で、自分と向き合うこと。
私は、それを大切にしています。
8. レイキ中級で広がる、心へのアプローチ
日本伝統式レイキには、初級・中級・上級という段階があります。
初級では、レイキの基本的な考え方や、手当て、呼吸法などの実践を学びます。
そして中級では、シンボルやマントラを用いた応用技法へと学びが広がります。
日本レイキ協会の体系では、心や感情、習慣的な反応に意識を向ける実践や、離れた人に向けた遠隔ヒーリングなども扱います。
伝統的なレイキの世界観では、時間や空間を超えて働きかけるという考え方があります。
ただし、これらはレイキの体系における説明であり、時間や空間を超えたエネルギー作用が科学的に証明されているという意味ではありません。
私が興味深く感じているのは、こうした実践を日々続けていく中で、自分自身の心の反応を、以前より丁寧に見つめられるようになってきたことです。
「どうして私は、こんなに腹が立つのだろう?」
「何を失うことが、そんなに怖いのだろう?」
「この反応の背景には、どんな思い込みがあるのだろう?」
レイキの実践と、仏教による観察、そして感情の手放し。
私の中では、これらは互いに切り離されたものではなく、少しずつつながってきました。
これから、この研究ノートでも、そのつながりを探究していきたいと思っています。
9. 今日からできる、小さな実践
レイキを学んでいなくても、自分を大切にする時間はつくれます。

例えば、考えすぎて疲れたとき。
静かに座って、お腹や胸元など、自分が心地よいと感じる場所にそっと手を置いてみてください。
そして、今の自分に問いかけてみます。
「今、私は何を感じているだろう?」
不安かもしれません。
怒りかもしれません。
何もわからないかもしれません。
どんな答えでも構いません。
わからない自分を、責める必要もありません。
ただ、今の自分に気づいてみる。
もし不快な感覚が強くなったら、無理に向き合い続けず、目を開けて周囲を見たり、実践を終えたりして構いません。
自分を理解しようとすることと、自分を追い込むことは違います。
自分への優しさも、大切な実践の一つだと思います。
おわりに|感情を消さなくても、自分らしく生きていける
私は、仏教を学び、瞑想を実践し、そしてレイキと出会いました。
それぞれから、多くのことを教わってきました。
そして今、強く感じていることがあります。
人は、頭で理解することだけでなく、実際に体験することを通しても変わっていける。
知識を得ることは、とても大切です。
でも、その知識を日々の実践と結びつけ、自分の身体や心で確かめていくことで、理解は少しずつ深まっていきます。
私は、レイキに出会えて本当によかったと思っています。
そして、心から変わりたいと願う人には、ぜひ一度、レイキを学ぶという選択肢も知ってほしい。
自分自身に手を当て、自分の内側に静かに向き合う時間。
それは、私の人生を大きく変えた実践の一つだからです。
もちろん、感情と向き合う道はレイキだけではありません。
仏教も、瞑想も、心理的な支援も、それぞれに大切な役割があります。
どの道を選ぶかは、自分自身で決めていい。
私はただ、自分が体験してきたこと、学んできたことを、ここに記していきたいと思います。
感情をなくすことよりも、感情があっても、自分を信頼して生きられること。
その可能性を、これからも探究していきます。
足立みずほ|日本伝統式レイキ師範
灯-TOMORI-
日本の「道」の精神で、癒しを探究する。
参考資料
- デヴィッド・R・ホーキンズ『「手放し」のすすめ』(原著 Letting Go: The Pathway of Surrender、Veritas Publishing, 2012)
- 『サッラッタ経』相応部36.6(SN 36.6) 英訳資料
- Gross, J. J., & Levenson, R. W. (1993). Emotional suppression: Physiology, self-report, and expressive behavior. Journal of Personality and Social Psychology, 64(6), 970–986. 論文情報
- NPO法人日本レイキ協会「一般的レイキ講習の段階と学ぶ内容」 協会資料
- 厚生労働省eJIM「レイキ」 科学的根拠と安全性に関する情報
※この記事は、筆者自身の体験・仏教や思想の解釈・研究知見を区別しながら紹介するものです。レイキによる特定の疾患や症状の治療効果は確立されておらず、医療や心理的支援の代替ではありません。心身のつらさが続く場合は、専門家にご相談ください。