エゴの抵抗事件|「最っ悪やってんけど!」から始まった自己浄化
あれは約1年前のこと。
当時の私は、まあまあ天狗になっていました。笑
系列店で指名1位の実績があり、仕事には自信があったし、今思えばその自信がプライドとして漏れ出していたのでしょう。
そんなある日、バックヤードにいた私の耳に、お客様の怒った声が飛び込んできました。
「前やってくれた足立さんっていう人? 最っ悪やってんけど!」
……私のことやん。笑
しかも、そのお客様を担当していたセラピストの声まで、なんだか得意げに聞こえる。
もう、怒りと恥ずかしさでいっぱいでした。
いつもの私なら、怒って飛び出していったかもしれません。
でも、そのときは違いました。
怒りの奥にあったもの

当時、私はヴィパッサナー瞑想を学び、「どんな感情もやがて消えていくのを観察できる」 と、知識では理解していました。
そこで、試してみることにしたのです。
お腹に手を当て、レイキとつながりながら、ゆっくりと呼吸をする。
すると、震えるほどの怒りが込み上げてきました。
ぐーっと身体に力が入っていく。
恥ずかしい。逃げ出したい。消えてしまいたい。
「あのおばさんは私のことをわかっていない!」
「担当したセラピストに、どんな顔をして何と説明しよう?」
次から次へと思考が湧いてきます。
それでも、ただ観察を続けました。
すると、ある疑問が浮かびました。
私は、どうして1番でなければならないのだろう?
そこで思い当たったのは、子どもの頃から抱えていた信念でした。
何かを達成しなければ価値がない。
誰かに認められる自分でいなければならない。
だから私は、必死に努力してきた。
そして、批判されることが耐え難かったのです。
お客様から施術を否定されたことよりも、私という人間の価値まで否定されたように感じたことが、何より苦しかったのだと思います。
関連記事:感情に抵抗すると、なぜ苦しくなるのか|レイキ研究ノート第001号・前編
エゴは、そんな簡単には降参しない
もちろん、気づいたからといって、すぐに怒りが消えたわけではありません。
翌日になっても、
「あのおばさんは私のことをわかっていない!」
「私は悪くない!」
という思考が続いていました。
そして、その日はこれまで経験したことのないほどの激しい頭痛と嘔吐に襲われました。
医学的な原因はわかりません。
けれど当時の私は、その体験を通して「これがエゴの抵抗というものなのか」と感じたのです。
※この「エゴの抵抗」は当時の私の受け止め方で、頭痛や嘔吐の原因を説明するものではありません。レイキは医療の代わりではありません。
自分の悪いところを認めたくない。
傷つきたくない。
だから相手が悪いことにしたい。
私が「エゴ」と呼んでいるのは、こうした自分を守ろうとする心の反応です。
私たちは、自分を守るために身につけた考え方や反応パターンを、そう簡単には手放せないのかもしれません。
たとえ、それが自分自身を苦しめていたとしても。
別に、大した人間じゃなくてもいい
この出来事を通して、私はようやく思えたのです。
別に大した人間じゃなくても、いいじゃないか。
私は私。
自分にできることを、やればいい。
ホーキンズの意識レベルの考え方を借りるなら、私にとっては「プライドから勇気へ」と踏み出したような体験でした。
※ここでは私自身の体験を表すための枠組みとして用いており、科学的な測定値ではありません。
それから少しずつ、自分の傲慢さも、未熟さも、弱さも、ただのエゴの反応として見つめられるようになりました。
すると、不思議なことに、他人への見方まで変わっていったのです。
「ああ、この人にも、こう反応するに至った背景があるんだろうな」
仏教でいう「縁起」。
物事はさまざまな原因や条件によって生じるという考え方です。
それまで頭で理解していた縁起が、人間関係の中で実感を伴うものになっていきました。
自分の弱さを受け入れられるようになると、他人の弱さにも寛大になれる。
自分の感情に蓋をしていると、自分が禁止していることを他人がしているだけで、腹が立つこともあります。
だからこそ、自分の内側を知ることが、他者を理解することにもつながっていくのだと思います。
レイキを毎日実践しているのに、変わらないと感じるあなたへ

毎日、呼吸法もセルフヒーリングも続けている。
それなのに、
「あれ? 私、全然変わっていないんじゃない?」
そんなふうに感じることがあるかもしれません。
もしそうなら、もしかすると、あなたの中には長い間、蓋をしてきた感情があるのかもしれません。
怒り、悲しみ、恥ずかしさ、恐怖。
感じることさえ許さず、心の奥にしまい込んできたもの。
もちろん、変化を感じられない理由が必ずそこにあるとは限りません。
ただ、もし思い当たることがあるなら、その感情と向き合う勇気が、自分の中に湧いてくるときがあるかもしれません。
それが、あなたにとってのタイミングなのかもしれませんね。
だって、エゴは自分を守ろうとするもの。
これまで自分を守ってきた反応パターンにとって、変化は怖いものです。
ましてや、傷つきそうな感情や、認めたくない自分の姿なんて、できれば見たくありません。
でも、その防衛を越えて、自分自身を見つめる一歩を踏み出すのは、
あなた自身の勇気です。
もちろん、無理に心の蓋をこじ開ける必要はありません。
関連記事:感情を消そうとしないセルフヒーリング|レイキ研究ノート第001号・後編
そして、レイキはその勇気を支える、心強い味方になってくれると私は思っています。
なぜなら、私がそうだったから。
あの日、怒りと恥ずかしさで震えながら、それでも自分の感情を観察し続けられたのは、不思議と心のどこかで、
「レイキがあるから、大丈夫」
と思えていたからです。
そして、それは今も変わりません。
どんな感情が湧いても、どんな自分に出会っても。
私にはレイキがあるから、大丈夫。
私はそう確信しています。
だから私は、これからもレイキを実践し、自分自身を観察し続けていこうと思います。